曖 昧 に 生 き ロ グ 。

か わ い く あ い ま い に い き ろ 。

眠れない夜

 

眠れない夜が続いてる。

 

単純に

遊んで昼夜逆転した

なんてのもあるけれど、

 

受け入れたくないんだろうなぁ

 

どうして行くのがいいかわからなくて

生きてる実感や

生活する実感や

時間が過ぎていく実感を

 

いまここで

とりあえず、止めてみたい。

異空間に飛んでみたい。

 

みんなと同じ時間軸ではなく

ここにはここの時間が流れている

そんな感覚。

 

せっかく変わったと言われたのに

こうやって逆戻りするのかあ。

 

こんなことを理由に

引き止めたりしがみついたり

そんなことはしたくない。

 

ただ、笑って今日をいきたい。

 

 

いつ死ぬかわからないから

今日死んでもいいやって思えるように

いつでも今も明日も

誰かと生きていきたい

 

それを甘えだとか

弱さだとか

そんなふうに言われるなら

 

人間弱いから人間なんやって

綺麗に生きようとすんなって

笑ってやりたい。

 

井の中の蛙

井の中の蛙大海に挑む】
【社会人になります】

 

井の中の蛙 大海を知らず
されど、空の深さを知る

 

結局どのタイミングで
確定したのかわからないけど
3月で、大阪大学人間科学部
中退いたしました。

 

結局ご挨拶できず、言葉を交わすこともなく
大学を去ってしまったことは、
いまでも心残りです。
こんな不義理な人間に、
多くのものを本当にありがとうございます。

 


大学で新潟から大阪に出てきた頃の私は、
今から比べたらとてつもなく
不恰好な不揃いな不細工な人間でした。

 

自分のことは、
世界で一番不幸な人間だと思っていた。
自分は世界にとっての不純物だと思っていた。
明るい、元気な、できるわたしを繕ってきた。

 

ただ、そんなわたしを、
ちゃんと愛されていると実感させてくれたのも
ちゃんと愛することができるのだと思えたのも
自分の過去が、経験が
誰かのためになると思えたのも
本当に守りたい人・場所を
自分で作れるようにしてくれたのも
腐らず、崩れず、そんな私も
生きていこうと思わせてくれたのも

すべては、大学生活を通して出会い、
向き合い続けてくれた人たちのおかげでした。

 


この4年間で
これから先も、一生一緒に生きて生きたいと
この人たちのために生きれる人間になりたいと
こいつらを幸せにできる人間になりたいと
そう思える人たちに出会えたことが
過去の自分に見せれる、何よりもの誇りです。

 

 

4月から、社会人になります。
今までのわたしを知っている人たちは
口を揃えて
「お前が会社に属することができるなんて」
と言ってくれます。笑 
私もそう思います。笑
私なんかをいれてくれる会社は
うちの会社くらいしかないです。笑

 

 

自分の強さは、
思いの強さ/こだわりの強さ
だとは、今でもよく思います。

でも、自分には、心の器が足りない。
志や技は磨いてきたし、作ってきたけど、
それの根幹を支える、
心と体の調和と維持が
私にとっては一番の課題です。

 

 

今私には、守りたいと思う人たちと
幸せにしたいと思う人たちがいます。

 


今までは逃げてきたかもしれないけど、
この本当に守りたい、幸せにしたい
そして一緒に生きて生きたいとおもえる
大切なやつらを思ったら

 

もう、わたしが
おっきくなるしかないんだなって思うんです。
おっきくなって、幸せにして、
そんでもって、次のステップに進みたい。

 

 

全身全霊で全力と本気を込めて。
人間として大きくなりに
社会に出てきます。

 

 

 

*************************

 

井の中の蛙 大海を知らず
されど、空の深さを知る

 

 

私はまだなにも社会をしらない
人を知らない。世の中を知らない。
自分を知らない。何も知らない。
だからこそ、大海に挑みに行く。

 

でも、きっと、井の中で見てきた
見つめ続けてきた、この思いの深さや
この感性の深さや、感覚の深さを
どうかどうか、これからも忘れずに生きて生きたい。

 

海をみてもいい、海に挑んでもいい。
でも、大切な、大好きな
空をみることを忘れるなよ。

 

*************************

2018.4.1 23:00 こまつまき

さいきんのわたし

最近のわたしについて。

 

多分もしかしたら

この記事消すかもな感じ。

 

誰にも言えてないことが

何故か嫌だと感じる私がいて

だから、書く。出す。

 

なんなんやろね?笑

自己顕示なんやろうか?

嘘をつきたくない

綺麗でありたいの価値観なのか?

しらん。笑

 

私はネガティブやから

前者やとしかおもえへん笑

 

 

隠してないようなことからいうと

境界性人格障害っていうのを

診断されたことがあります。


大学一年の後半くらいからかな?

なんか、元々は

統合失調症系の病気と神経症系の病気の

境界に位置するって意味でつけられた名前らしいっす。

"強いイライラ感"が症状として現れる神経症と、

"現実が冷静に認識できない"認知障害をもつ統合失調症

間にあたるものとしての位置づけらしいです。

 

思考が0か100の極端でで、

感情のコントロールができなくて、

衝動的な行動をしてしまったり。

見捨てられ不安などが極端に強いのが特徴で

基本的に人間関係に

大きな欠損のある病気って言われてて

 

この名前で調べると、

境界性人格障害の人には

近づかない方がいいって

書かれてるようなやつ。

そんな病気です。

 

その反面

誰しも持ってる性格とか思考のくせが

自分や周りに悪影響を及ぼす

生活に支障をきたすレベルになると

つけられるのが人格障害の類とも言われてて

だから病気じゃねーよっていわれることも。

 

ぶっちゃけ診断される前から

自分がそれだろうって

高校1年くらいには気づいてた。

 

中3には

オーバードース(薬の多量摂取)で

病院に運ばれているし

自傷過食嘔吐も中3からだから。

なんとなく知ってた。

 

大学来て親から解放されて、

それでもしんどかったのと

正直、しんどい言い訳がしたくて

病院行った。悲劇のヒロイン的な感じ。

ほら私、病気だからって思いたかったし

ほらやっぱり私って不幸でしょって言いたかった。

 

診断されてから、カウンセリング始めて

1度症状悪化して薬大量に飲んで運ばれて、

カウンセリングいくのもやめて、

そこからこうして生きてきた。

 

境界性人格障害の衝動行為の一部として
自傷とか薬めっちゃ飲むとか
過食嘔吐も拒食もしてきたし
睡眠も安定せーへんし

 

 

正直ここからはあんまり

みんなにいえてないけど


自傷は大学3年以降は

年に1回とか半年に1回レベルには

なったけど、


今でも自分がそれをしたら

また病気って状態を

自分で認知するのが怖くて
我慢してるだけで衝動はあるし

 

摂食障害
過食衝動は今でもたまにあるし、
その時に吐いちゃうこともあれば


今は過食全然してなくても
下剤を飲み始めてしまって

飲むのやめれへんかったりしてて

 

 

今はみんな、

もうまきは大丈夫やろって

言ってくれるんだけど、

 


でもやっぱり自分の思考のくせとか行動とか

それが自分も周りも苦しめるのが嫌だし


いまの自分の行動も

ほんとはちょっとおかしいの分かってるし、

それを隠してるだけで

 

でも隠せてたり、我慢出来てるってことは、

普通になったって思った方がいいのかな

っても思うし、

 

 

また病院いったりしたら、
自分で自分のこと病気だって認めて
悲劇のヒロインになるのが嫌で

 

だから、ずっと
いやまあもう治ってるし
一生ある程度付き合うものだし
誰しも持ってる思考の癖が

ちょっと強いだけだしって

思っている自分がいた。

 

 

最近仕事もそうだし、
周りの人もそうだし、
恵まれてる環境の中で
そこにちゃんと、むきあえない
みんなを幸せにできない自分も
みんなの期待を裏切り続ける自分も嫌いで

 

 

やっぱり
ちゃんと治すってところに

向き合いたいかもしれないとも思ってる。

ちょっとだけ。

 

摂食障害のこととか、

境界性人格障害のこととか、

ちゃんと、カウンセリング

受けに行こうかなって思ってるけど

 

またそれが怖くて怖くて


みんながそれ知ったら

やっぱりまきってまだ病気やん

ってなるんかなとか

 

関わるのやめとこって

思われるんかなとか


また私はその病気を振りかざして

甘えて自分を守るんだろうかとか

 

 

もう怖くて怖くて

 


誰にもやっぱり言えなくて。

 

 


大好きで大切だった人にも

今、大好きで大切な人にも

絶対話せないの。怖くて。

 

 

怖いなぁ。

このブログしょーみ

知り合いにほんまに教えてないし、

知ってるやつも

そんなみてないの知ってるから

なんも知らない人にだったら

いいかなって気持ちと

とりあえず吐き出したかった。

 

 

さて、書いてみて

どんな気持ちになるやろ私。

ほんまにいるんやぁ

 

 

最近涙脆すぎるまきです。

 

大学1年から関わってきた団体の

その中でも一番だいすきで

一番力をかけていた大学の

追いコンにいってきました。

 

途中から意味のわからんかたちで入って

でも、だいすきで

それをただ伝えようとし続けて

守ろうとし続けて

叶わなかったと思っていた団体で

 

代表も途中でやめ

関係性がこじれたところもたくさんあって

触れられずに置いてきた場所で

 

私の中で

触れちゃいけない過去になってたもの。

 

 

行った時に

私のテーブルにわざわざきてくれて

「正直まきさんのおかげで変わりました」

ってゆってくれる人

「久しぶりだね元気してた?」

ってゆってくれる人

「あのときはお互い子供だったね」

って言いあえた人

 

私ほんとにやっぱりここが

大好きだったんだって実感と

そこに今帰ってこれたことが

ひたすらにうれしかった。

 

 

ひとり、この団体で

わたしのことを本当に本当に

心の底から支えてくれた奴がいて

 

「あのとき最後までまきを支えてやりきれんかったことをずっと申し訳ないと思ってた」

ってゆってくれて

「まきの愛情表現はまったく歪んでない。

むしろまっすぐすぎるくらいまっすぐで

伝えるってこととか伝わるってことが下手なだけで、それをやるのが俺の役目や」

ってゆってくれて

涙しか出なかった。

 

気づいたら

まわりのやつらに

私の追い出しの言葉あるか

こっそり確認してくれて

後輩いる中でもいち早く私のとこ来てくれて

二人で一緒に感動して

 

ほんまに大切な人だった。

あらためて、わたしは

どの環境でもがんばれたのは

そういう人がちゃんとそばにいてくれたから

 

なにもいわずとも

お互いきっとこう思ってんねやろな

って、思い合える人。

 

こいつをのがしたらおしまいで

一生大切にしたくて

それをまたつなげなおして

だいすきだっていえてよかった。

 

 

わたしが勝手に黒にしてきたけど、

わたしはほんとうに

あの場所に愛されてなかったら

そもそも、がんばれてる分けなくて

終わりの形がどうであれ

その後にもちゃんと残ってて

大切な大好きな場所って

また明日から言えることが嬉しい。

 

いっぱい迷惑かけてきた。

好きなだけ料理して

後片付けを全部同期に任せて抜けた。

自分のした事でも後処理なんてめんどいのに

かってに人が作ってった後処理を

何も言わず、自分たちの仕事だと

やりきった同期がすごい。

 

ほんとうにすごい。

 

これから一生かけてでも、

ありがとうを、返したい組織です。

いまでもすきだ。

ありがとう。

すごいや。

みんなすごい

 

突然思ったことだけど

わたしには心から大事で大好きだと

いえる大切な人達が

いまちゃんといる。

 

それって奇跡みたいな

夢みたいなこと

こんなことあるんだぁって毎回思う。

 

そのときにおもう

私に友達を作る力があるとか

そーゆーんじゃなくて

 

ぜんぶ

みんながすごいんだぁって。

 

色んなものを判断する私でも

色んなものを拒絶する私でも

そんなわたしの心のスイッチを

offにしてくれるひとたちだから、

 

初めて仲良くなれて

大切になれたりする。

 

今でも私は友達は少ない。

数少ない大切な人達は

毎回私はどこかで

あ、この人なら大丈夫かも

ってスイッチを切るタイミングがある。

 

つまり、

みんなが最初に入ってきてくれるの

わたしのなかに。

みんながoffできてくれるから

offにできるんだわたしも。

 

みんなすごいや。

こんなわたしに最初に歩み寄って

大切にしてくれたから

わたしはみんなを今大切にできてる。

 

夢かもしれないってくらいの

幸せを味あわせてくれてる。

 

 

今度は私からできるようになりたいな。

増やすつもりないけど笑

今の大切な人達を

わたしから大切にしに行くくらいの

そんな気概で生きていきたい。

 

 

みんなすごいや。

大切ってすごい。

すごい。

そういう人間

 

今日言われたこと

 

あなたの周りには

質のいい人間がよく集まっている

今までたくさんの人を見てきたけど

その中でも群を抜いている。

それだけあなたの縁や人脈には力がある

選んでいるのかなって思ってみていたけど

あなたが選んでいるようすもないし

きっと勝手にそういう人たちが集まっている

 

みんな気前が良くて

あなたを助けようとしてくれる。

あなたはそういう人たちに

好かれる力を持っている。


どんなにあなたが嫌がっても、

見合ってないと思っても

申し訳ないと思っても


勝手に気前のいいやつらに

好かれる人間なんだから諦めなさい

 

あなたがそういったって

明日からもまたあなたは

そういう人たちに囲まれ続けるんだから


望んだってもてない才能を

あなたは持っている。

 

 

あなたは見合ってないと思っていても

きっとみんなはあなたから

しらない間にいろんなものを受け取っている

 

申し訳ない、見合ってないと思うだけじゃなくて

一人一人に恩返しをするつもりで生きたらいいよ。

 

こんなに脆いのに

それでも誰よりも思いや意思をもっていて

だからこそ、支えたくなる

そんな人間なんだよ。あなたは。

 

 

 

2年前ある人に言われて大泣きした言葉

 

「まきは愛されキャラだよ」

 

それで泣いた理由

そう言ってくれた理由

 

 

今日また言われた気がした。

 

 

 

わたしの周りの環境や人や期待や役職

すべて感謝しているし

すべて本当に夢のようで

 

そして、毎回

私はそれに見合う人間ではないと

こんな人間なのにどうしてと

嘆いて生きてきた。

 

自分がそこで生きてていい人間だと

やっぱり今でもおもえなくて

自分が許せなくて

 

 

でも、

あなたはそういう人間なんだから

って、言われる

もう感謝していくしかないんだと

 

私なんかでごめんなさい。

ほんとうにごめんなさい。

まだごめんなさいから抜け出せないけど、

ほんとうに感謝しています。

 

こんな私にごめんなさい

ありがとう。

私が選ぶというわがまま

 

最近気づいたこと

 

 私は気づいたら

人の期待に応えることが

当たり前になっていたんだな

 

 

それもべつに

言葉にされたものでなくて

勝手に私が受け取るものでもあるんだけど

 

しかもそれを期待に応える

という感覚ではなく

あたりまえに

ここまでできなきゃいけない

として受け取ったり

捉えることがとても多い。

 

統括なんだから

社会人なんだから

私しかやる人いないから

私がやるんだから

責任があるんだから

 

ただ、

 

期待をするのは相手の都合

期待を受け取るかどうかは私の都合

 

期待をしてもらったのなら

問答無用ですべて答えなきゃと思うのは

期待に応えられなかったら

相手との関係が終わると思うから

 

期待をしてくれた相手に

こたえられなかったら

もう私になにかしてくれることは

なくなるかもしれないから。

 

でもほんとうは

期待を選ぶのも私自身で

それは相手と関係ない時分の問題

 

 

だから、

「期待に100%応えられるかわからないけど、

私は私のやりたいことをやるだけです。

やれる範囲は自分で決めます」

 

これでいいんだなあって。

 

自分で選ぶんだ

応え方も応える期待も

 

それは私がしてもいい

わがままなんだろなって

そうおもいました。

 

 

というおはなし。