曖 昧 に 生 き ロ グ 。

か わ い く あ い ま い に い き ろ 。

ちから。えいきょうりょく。

 

 

ちいさくまとまってんなぁ。

 

 

って言われたの。

 

 

確かにそうなのかもしれないなぁ。

今の仕事の環境につき始めて

私は変われたなって思うことが多い。

 

昨日も話したけど。笑

 

今まで自分の過去を明かすことは、

人から避けられるものだと思ってた。

 

精神疾患をもっている とか

自傷癖がある とか

自殺未遂をしたことがある とか

 

でも、それを誰かのために

使えるんだなと思えたり、

それを伝えてみても

まきはまきじゃんってゆってくれる

 

いいんだなあって思った。

 

幸せになっちゃダメって思ってた

不幸であることがアイデンティティ

悲劇のヒロインになりたかった

誰よりも不幸な私が頑張ってるって

 

でも幸せになっていいんだなぁって。

 

 

 

そしたら、気がついたら

わたしをわたしとして見てくれる人 を

周りに固めるようになった。

 

わたしが何をしてきたか

何を語れるか

どんな力があるか

 

そんなことにまったく興味ない

そんな人達が好きになった

 

 

それまでの私は、

誰よりもすごくありたかったし

だから、

すごいって言われることが快感だった

知らない人が私の名前を知ってること

なんか、小松さんに会えって言われて

そんな人達がくることが嬉しかった。

 

 

でも、

なんか、あのころの自分は、

自分はすごいって

マウントとってるだけに思えて、

 

教えるとか、

崇拝されるとか、

ファンがいるとか、

 

確かに今も嬉しいんだと思うけど、

そんなに求めなくなった。

 

 

 

でも、

なんか、エネルギーの使い方

やりようあるのかなぁ

と思ってみたりもした。

 

そんな、言われた言葉に

素直にゆさぶられるなよ

と思ったりもするけど、

 

 

わたしがやっていきたいことを

作りたいものをつくるには

伝えたいことを伝えるには

 

ある程度の伝える力と

それだけの影響力もいるんだろうなって。

 

 

伝え方の問題で

さっきの話は解消されたり

するんかなあって。

 

 

確かにね、

実は自分、人の前に立つの好きなんよ。

頼られることもすごく好き。

 

やっぱり、あなたすごい!

っていわれるのも好き。

 

ほかの人と違うな。

尖ってるな。

そんな言葉も好き。

 

 

でも、

あのころの自分は

やっぱり、

怖さをもっていなかったというか

力を振りかざしていたというか

 

それを快感に思ってた気がするから。

そんな自分には戻りたくはないんだけど。

 

 

ただ、今のわたしで届けられるものを

わたしなりの形で届ける努力は

してもいいのかなあと思ったり。

 

 

 

自分のことを言葉にすることは増えたけど

自分が考えていることを

発信することはめっきり減った。

 

それが、だれかに響いても

だれかを傷つける可能性も

同時にあるって知ったから。

 

自分には少なからず

人よりは強い影響力があるとも知ったから。

力の使い方を迷うようになって

迷った結果力を使わないようになって

 

 

 

自分の力を自覚することって

いいことなんだけど、

こうやってちいさく縮こまってるって

自分でもおもうんだよなあ。

 

 

力の使い方が

しばらくはテーマだなと

思うこの頃。